よくある質問/学校法人自由ヶ丘学園 自由ヶ丘幼稚園 第二自由ヶ丘幼稚園 第三自由ヶ丘幼稚園【名古屋市千種区】

学校法人自由ヶ丘学園 自由ヶ丘幼稚園 第二自由ヶ丘幼稚園 第三自由ヶ丘幼稚園
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わたしは、素直で思いやりのある人に育ってほしいと願っているのですが、自由ヶ丘では子どもたちがどのように育つことを願って教育していますか?

自由ヶ丘の先生は、どのような方たちですか?
また、あまり怒らないと聞いたのですが、なぜですか?

自由ヶ丘では、「遊び」についてどう考えていますか?

自由にのびのびと遊べるのは良いのですが、けじめについてはどうなっているのですか?

自由ヶ丘では、ケガや事故といった「危険と安全」については、どう考えているのですか?

自由ヶ丘では、薄着保育をしていると聞きますが、うちの子は、体も弱く風邪も引きやすいので、とても心配です。

自由ヶ丘では、異年齢児との関わりや、ハンディを持った子どものかかわりを保育の中で取り組まれているのはどうしてですか?

自由ヶ丘では、文字や数について教えていないのですか?

 

わたしは、素直で思いやりのある人に育ってほしいと願っているのですが、自由ヶ丘では子どもたちがどのように育つことを願って教育していますか?

素直で思いやりのある人に育ってほしいというのは、どの親も願うことだと思いますが、自由ヶ丘では、"生きる喜びを味わいながら、自由でたくましい人間"に育ってほしいと願っています。そのために、真の自己を確立し、主体的に、そして心と心の触れ合いを大切にして生きる態度と力を育てる教育を目指しています。
幼稚園生活の中で、自己発揮を十分にする場面を大切にすることにより、子どもたちはしだいに、自分のことを自分でする力、いわゆる自立心を確立していきます。しかし、自由ヶ丘ではそれだけにとどまらず、人との相互関係の中で共存していくという視点を持ち、自分のことだけでなく、まわりの人たちにも目を向け、自分自身をコントロールする力、いわゆる自律を目標としています。
人は、自律をすることにより、他人の目を気にしすぎたり、権力にこびることなく、自分自身をコントロールし、物事を自分の力で考えていける人間、つまり自らの価値判断を自分ですることができる人間になっていき、またそれが望ましい人間像であると私達は考えています。
そして私たちは、そのような人間となるための根っこの時期といえる幼児期はどうあるべきか考えながら、日々教育しています。

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自由ヶ丘の先生は、どのような方たちですか?
また、あまり怒らないと聞いたのですが、なぜですか?

賞罰を行い、積極的に大人の価値を押し付ける教育からは、明朗で、自立・自律した人間が育たないと気づいた自由ヶ丘では、大人と同等である子どもの人格を尊重しています。そして、共に手を取り合い生きていくという視点から、一人一人の主張を十分に聞き、子どもと教師が対等の立場で意見交換をすると言う姿勢を大切にしています。だから、怒らないように見えるのでしょう。
自由ヶ丘では、理事長・園長・副園長・担任の他に、フリーで教育のフォローに当たっている教職員が多数います。また、男性保育者もおり、多様な大人との出会いを大切にし、それぞれの持ち味を生かして教育を行なっています。自由ヶ丘の教職員は、感性豊かで、子どもたちに細心の注意を払いながらも、のんびりと生活を楽しみ、それでいて、エネルギッシュで、子どもと一緒に笑うのが大好きな人たちの集まりです。

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自由ヶ丘では、「遊び」についてどう考えていますか?

子どもが自立し、そして自律していくのは、誰かにやってもらうものではなく、また、強制されてするものでもありません。あくまで、自分自身の力で掴み取っていくものです。その、「自分自身の力」は、様々な体験や経験を通して身につき、成長していくと私たちは考えています。
試行錯誤を繰り返して、成功の充実感を得たり、失敗の挫折感を味わったり、見たり聞いたりして得た知識や情報を総動員して、自分で行動して考えてみる。このことが、将来の自立・自律をより確かなものにする礎になるのです。そして、このことを最も実現しやすい活動が、すなわち「遊び」です。
そうすると、より多くの経験や体験のためには、より自由に「遊べる」ことが重要になってきます。そこで自由ヶ丘では、既成の、遊び方が決まってしまっている遊具よりも、子どもたちが作り変えていける環境を用意し、子どもたちが自分の好きな遊びを見つけ、飛び込んでいける、自由な雰囲気をもった生活や空間を心掛けています。
たとえば、泥んこ遊びは自由ヶ丘の子供たちの大好きな遊びです。泥の感触を味わい、泥団子を作ってはその形の変化や様子を楽しんでいます。年令が高くなってくると、ごっこ遊びにも発展し、友達との関わり合いも出てきます。大人の目から見れば、体も服も汚れ、迷惑極まりない遊びなのですが、子どもたちからすれば、気持ちが良く、様々な遊びに発展させていける魅力たっぷりの遊びなのです。
このように、大人の感覚や都合で子どもたちの遊びに制限をつけ、子どもたちの経験の幅を狭くしていないか、ということを常に意識しながら、私たちは保育に当たるようにしています。そして、子どもたちが自分自身のことを見つめ直して自立し、また他の人との関わりの中で自分自身をコントロールしていけるだけの何かを掴んでくれればと、思っています。

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自由にのびのびと遊べるのは良いのですが、けじめについてはどうなっているのですか?

自由ヶ丘では、子供たちが自由に遊べる環境作りを心掛けています。しかし、幼稚園が様々な大人や子供たちが集団で生活する場である以上、自分だけの独りよがりな自由な主張は、必ず他の子供たちの主張とぶつかっていきます。
その最も顕著な例が「けんか」でしょう。これを大人である保護者が、一方的に裁いて解決するのは実に簡単なことですが、これでは子供たちは何も学ぶことが出来ないと、私たちは考えます。
けんかをして、「どうしてけんかになったんだろう」「けんかをしないためにはどうしたらいいんだろう。」という問題意識を持ち、それぞれの気持ちを言葉に表してみることが重要だと思うのです。その悩みや葛藤の中から、友達とうまく関わっていくためには、自分の気持ちや動きをどうしていけば良いか、すなわち、自分自身をコントロールするすべを掴んでいくのです。
自分のしたいことが自由にできることが許されている一方で、そのためには、一人一人が「自由のための責任」を持たなければなりません。このことについて考えて、自分を律していこうとすることが、すなわちけじめをつけることだと私たちは考えています。
子ども同士の関わりの中でこの責任を体得していけることを願って、環境作りに努力していますが、子どもたちだけでは考えが及ばなかったり気が付かなかったりする時は、教師の方から問題点を投げかけたり、話し合いの中から子どもたちの納得を得たりして、自由とけじめについて考えていったりもします。
私たちは、子どもたちと一緒の場所で生活するものとして、どうしたらみんなが一人一人の存在を認め合いながら平和に生活できるか、日々子どもたちと探っていきたいと思っています。

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自由ヶ丘では、ケガや事故といった「危険と安全」については、どう考えているのですか?

「危険と安全」ということで言えば、世の中に「絶対に安全」というものはありません。身近な物ではハサミ、ナイフといった類から、大きな物は自動車や飛行機、船舶の事故、あるいは地震、洪水といった天災もあります。また、誘拐、殺人といった人為的な危険も、悲しいことですが身の回りに起こりえる時代です。
人が社会の中で生きていく以上、これらの危険から目をつぶり、避けて通ることは不可能です。これは大人も子どもも同じと言えましょう。避けて通れないとすれば、私たちは身に降りかかるかもしれない危機を察知して、自分に出来得る最良の対応を取り、危機を最小のものにする「危機察知能力・回避能力」というものが求められることになります。
では、幼児期に限ってこの「危機察知能力・回避能力」ということを考えると、幼児期は、この力を高めるための基礎を学び、訓練をする時期と言えるでしょう。自由ヶ丘では、それについて「多少の危機を実際に経験することでしか学べない」と考えています。つまり「少々のケガは最大の予防である」ということです。
たとえば、自由ヶ丘では、木工製作を楽しむのに、子どもたちはカナヅチとノコギリを使います。カナヅチ・ノコギリは、木材という硬い素材に手を加えることので来る便利な道具ですが、その分使い方も難しく、危険も大きい道具です。ですから、子ども自身そのつもりがなくとも、勢いあまって指を切ったり、手を打ちつけたりすることがあります。しかしその「痛み」を体験して初めて自分が手にしている道具の持っている力を知り、そして「どう使いこなしていったら痛くなく使えるか」ということを考え始めるのです。これは、大きな「学習」であり、こうした体験の積み重ねが「危機察知能力・回避能力」を高めると言えましょう。
ただし、このときに重要なことは、「少々のケガ」のレベルに押さえられるだけの教師の事前の配慮とコントロールが欠かせないということです。カナヅチ・ノコギリの例でいくと、まず年少時には教師がワン・ツー・マンでつくことができなければ使わせません。年長児であっても基本的な扱いや管理の仕方を事前にしっかりと伝えてからでしか使いません。また、実際に使うときも、教師が近くにいて、仲間同士でも安全が確認できる状態で使うことを約束したりします。
もちろん安全であるに越したことはなく、無理にケガをする必要はありませんが、といって危険を恐れる余り「転ばぬ先の杖」のように大人が先手先手に危険要因を排除していくことが、本当の意味で子ども達にとって良いこととは思えません。楽しく、面白く、愉快な経験ばかりが人を育てるのではなく、コントロールされ、配慮の行き届いた「危険」があればこそ育つこともあるのです。
またこのような経験を個々の家庭で体験することが段々難しくなってきている現状もあります。私たちは、こうした環境を子どもたちに積極的に提供していくべきであると考えています。

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自由ヶ丘では、薄着保育をしていると聞きますが、うちの子は、体も弱く風邪も引きやすいので、とても心配です。

自由ヶ丘では、健康教育の一環として、薄着・裸足の生活を取り入れて保育しています。また、保育室にはエアコンなどの空調設備がありません。ストーブにしても出力の弱い物です。当然、夏は暑く、冬は寒いという環境です。
人間の皮膚には、汗を出す汗腺があります。暑い夏には汗を出して身体に熱がこもるのを防ぎ、冬にはこれが収縮し、いわゆる「鳥肌」状態になって体温を保とうとします。生きる力の根幹とも言えるこうした体温調節能力は、幼児期に全てが決まってしまうとも言われています。どんな環境でも自分の健康を維持できる身体でいられるのか、あるいは空調機器に頼らざるを得ないひ弱な身体になってしまうのか、幼児期の生活のあり方にかかっているわけです。
このようなことから、自由ヶ丘では日々薄着での生活を心掛けています。こうしたことはアトピーの子ども達にも効果があるという研究結果も出ています。また、薄着であることにより衣服による動きの規制がなくなり、自らの動きが活発になり動作も機敏になってきますので、その結果のひとつとして、食事もしっかりと取れるようにもなってきます。
しかも、そのことを通して、健康な身体を作ることだけが目的ではありません。もうひとつ大きなねらいとして、「何事にも頑張ろう」という意欲的な気持ちや、我慢する意思といった強い心が育つこともあります。
このことは、幼児期においてとても大切だと考えています。ただ、個人の体質や日々の体調など、子どもの健康状態を考慮し、毎日、幼稚園と家庭とが連絡を取り合いながら、健康作りに対する子どもの前向きな挑戦が充分できるようにと考えています。
また、同じくして裸足保育にも取り組んでいます。日頃、靴下と靴でおおわれた足は、土踏まずの形成が遅れることにつながり、運動能力の低下の原因になったりします。全身の筋肉の半分がある足を思い切り動かし、足の裏から刺激を受けることで脚筋の発達を助長し、また、脳の神経細胞も刺激されるので、脳の発達を活発にしていきます。
薄着・裸足を通して身体の健康だけを求めるのではなく、健康作りから養われていく内側からの成長や精神的な豊かさや強さなどを大切に考え、日々保育に励んでいます。

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自由ヶ丘では、異年齢児との関わりや、ハンディを持った子どものかかわりを保育の中で取り組まれているのはどうしてですか?

最近では、昔と異なり地域社会の崩壊と共に、子ども達が安全で遊べる場所が減り、都市化し、行動範囲も限られてくるようになりました。同時に、核家族化し、近所との付き合いも表面的になってきました。そこで、自由ヶ丘では、幼稚園という小さな社会集団を通して、園生活だけのかかわりにとどまらず、それ以外の場所でも、子ども同士の遊びが広がるようにと、異年齢での活動を行っています。1年を通していろいろな機会を捉えての縦割り保育や預かり保育、エンジョイサタデー(土曜の自由登園日)などがあります。
異年齢での活動を通して、相手を思いやる優しい気持ちが出てきます。ひとりひとりの大人が地域の子どもを見つめ、子どもが育つより良い環境を作るためにも協力し合う大切なことです。また、徒歩通園の場合、降園するときは地区ごとの集団降園のスタイルをとります。担当の教職員が先導し、子どもの安全を確保しながら降園します。
次にハンディを持った子どもとの関わりについて、先ほども述べましたように幼稚園というのは、子どもにとって生まれて初めて、人(先生や友達)と関わりをもつ社会集団です。いろんな人がいる。足の速い子・遅い子、よくおしゃべりする子・しない子など。いろんな人がいることを(個人差)集団生活を通して、当たり前だと感じることを大切にしています。
このような考えのもとで、ハンディを持った子どもたちや、すべての子どもたちがともに生活しながら相互に助け合い、認め合う自然な姿が、思いやる気持ちとなって、成長していきます。これを、一般的に総合保育と称しています。いろいろな人が生活することが、自由ヶ丘では当然であり、また社会でも当たり前になってほしいと願っています。

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自由ヶ丘では、文字や数について教えていないのですか?

自由ヶ丘では、文字や数をワークブックなどを使って教え込むようなことはしていません。小学校に行けば教科が入ってくるために、より早く文字や数に触れておかなければいけないと考えたりもしますが、幼稚園は小学校を見据えての予備校的存在ではないと考えています。
子どもが楽しく遊んでいる遊びの中には、文字や数についての素地(もとになるもの)が多く含まれています。例えば、文字を獲得する前段階では、他児との関わり・遊びの中で物事を考え、自分の意志を伝達していく喜びを知り、年長ぐらいになると伝達の手段である文字や数に興味や関心がわいてきます。おやつの数を数えたり、リレーやドッジボールをするとき人数を数えたりすることにより、自然に数に触れています。文字や数は、あくまでも手段であり、その前段階に大切な「人に伝えたい」というに気持ちを大切にしたいと思います。園庭では、お団子作りをしている光景をみかけますが、単に砂団子を作っているだけでなく、作るときは適当な湿り気や、形、砂の量など科学的なことも多く含まれています。こういう遊び・生活の中で文字や数の基礎となるものが養われていくものだと考えています。一般的にいわれる詰め込みなどの手段を講じるのではなく、むしろ子どもが自分で意欲的に何かに取り組もうとする姿勢を大切に育てていきたいと思います。
遊びは、指示・命令などの制約を受けず、子ども自身がおもしろいなと感じることで、しだいに意欲が生まれてきます。保育者は子どもに何か教えるのではなく、あくまで子どもが成長していくための援助をしています。自由ヶ丘で培った経験をもとに、子どもたちは大きくはばたいていくことでしょう。

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